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整体でほどける体と心

ヨガ、整体、武道など東洋の身体技法には、
人体が最も自然で安定している状態について、
ほぼ共通している結論をご存じですか?

それは人体の構造上誰にでも共通していることです。
心身ともにリンクした3つの中心点。
これは腹部にある三つの丹田と呼ばれる場所です。

丹田とは生理的に心理的にバランスをとる中心点です。
でも、これは物としてのポイントではありません。
だから、見ることも、触ることも、取り出すこともできません。

地球の中心があってもそれ自体は存在しないのと似ています。
そして、これは田んぼ(畠)ですから、耕したり雑草を取ったり、
こやしをやると育ち稔りが多くなると言われています。

芽 



しかし、これを育てるのは手間がかかるのです。

ある人にとっては戦いかもしれません。
また、修養、身体表現、自己開示、逃げ場なしの体験であったり、
気づき、受容、優しさ、鍛錬、厳しさなどその人によって違うでしょう。

下の図のように「上中下」の3カ所の位置にあると言われています。

下丹田が呼吸法や運動法で充実すれば上丹田が弛んでが落ちき、
あるいは心の緊張が取れれば脳の充血が下がって下丹田が充実する。

人の体はそのようにできています。
各丹田が整えば必ず深息が体験できます。
それは自律神経を安定させ血液の質と流れを向上させます。


整体体操姿勢から丹田を育てようとします。
姿勢の人体力学に基づいて設計されたのが井本整体の整体体操です。
力を集めるべき所に力を集めると、抜けているべきところは向けてくる。
つまり身体がほぐれてくるのです。

体がほぐれてくると、心のほっとした感覚が湧いてきます。
すると、上丹田がゆるんできて心が楽になります。
上丹田と脳は連動しているからです。

下丹田が「実」になると、上丹田は「虚」になる。
人体には自然のシーソーの原理があります。
部分が即ち全体ということですね。

三丹田の図



自湧運動法本能から丹田を回復させようとします。
本能は生命を維持するために、不要な物を取り除き、
必要なものを集めようとします。
不愉快な歪み、エネルギーの停滞、関節の錆びつき、筋肉の緊張など。

寝相はこれらを取り体を修正しようとして、転々とします。
これと同じで、痒いところをかく、暑いと汗をかいて温度調節をする、
お湯につかっているとぶるぶるっと揺れて首がゆるむ、
体によくないものを食べて下痢や嘔吐をする、
少なめに食べていると少ない中から栄養を吸収しようとする、

これらは考えてやっていることではないんですが、
体は必要性を感じて必要に応じて欲求を完了させようとします。
これは誰にも公平に与えられた力であり、健康力そのものです。

こういった能力は知的な度合いが強くなりすぎたり、
人間が意地悪になったり、感情から異常緊張起こしたりすると、
だんだんそのレベルが下がってしまいます。

この運動には、体の本音が元にあるわけですから、
身体を拠り所にしている心理療法には大変相性が良い性質を持っています。

だだ、精神系の薬を飲んでいるとか、いわゆる精神病や
重い心の病いを抱えている場合は行なえないのが原則です。

整体体操、自湧運動法を行うと、体や心のざわざわした感じが取れるのを実感できます。
心の中の雑草が取れるのかもしれません。
かなり激しい動きがでてきても脈と呼吸のバランスは乱れません。安定しています。

湧水 



心の底の泥水をかいている内に、コンコンと清水が湧いてきたり、
涙とともに心が洗われるような経験をしたり、気づきを重ねたり、
体を整えたり、あたかも心を耕すかのような経験から豊かさを感じる。

逃げ場のなさや苦しみの中から生まれてきた芽を感じる。
昔の人はそのような体験から、丹田を自己成長に重要な意味を持ち、
耕す価値のある生ものとして「田」の字を選んだのかもしれません。

深息の会では、あえて苦労努力に焦点を合わせず、
感覚を取り戻すことに専念します。

中丹田は栄養の同化力を表すと言われていますが、
ここは感情との表裏関係があるように私は感じています。

必要な緊張感としては、気づきを得ようという
実験的な気持ちだけで十分だと私は思います。

人が楽しく、あるいは自発的に何か集中する。
この時にも丹田は自然に充実してくるからです。


 
芽2


 



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