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気づき体験で、カラダとココロが息を吹き返す

整体でほどける体と心」の記事に載せました三丹田の図をここの最後にも掲載してます。

整体体操自由運動法で余分な緊張が取れて、
体の中心に力が集まると、心も楽になる。
すると、心理的にももっとほぐれたい欲求が出てくるようです。

この仕組みがあるということは、
「未確認だった心理的な緊張が解放されれば体が充実してくる」
これも自然現象と言えるのでしょう。

体験的な気づきの作業を行って、
からだ、こころ、ことばの一致を伴った分裂のない
気づきがあるとたいへんパワフルです。

いかにも、今ここに自分があるという実感が生々します。
それは大変愉しく心地よいものです。

身体的状況によっては、
整体体操などの運動法を行なえない人もあります。
しかし、気づきは誰にとっても可能です。

気づきの能力が人に与えられたのは、
神様のプレゼントなのかもしれません。
ただ気がつきさえすればいいのですから。

アゲラタム 



でも、ちょっとややこしい点もあります。
それは気づきが考えることや分析作業ではないことです。
もちろん何かに陶酔している状況とも違います。

考える作業ではないので、その意味では楽なはずなのですが、
我々人間は邪魔くさい思考癖がつい出てしまってて…。

だから、最初のうちは、
考えるとか思い出すとか判断するというソフト
勝手に作動していることに、気づく、このことが大事です。

あるいは、身体のどこか動いているのか違和感を感じているのか、
そういった身体に起きていることに意識を向けること。
または感情自体に意識を向けてみるのも方法です。

これが気づきのエクササイズです。
この体験領域に気づく方法はゲシュタルト療法で教わりました。
でも…
私は大変な迷惑を受けています!

整体を受けている患者のなかには、
一人でいる時に困った身体症状で混乱した時、
気づきのエクササイズをやっているうちに
心身ともに落ち着いてしまった人が何人もいます。

「教えるのではなかった!全然儲からない。」
そう思いました。
だからあまりたくさんこの講座に参加されては困ります。
それで少人数制でやることにしているのです。(笑)

気づき体験のワークには次のような印象があります。

体や言葉、感情の動きなどに糸口を見つけて、
そこから派生する自然な流れに従っていくと
こんがらがって絡んだ糸が自然にほぐれて、
今ここでの答えが見えてきて心身共にまとまってくる。

ジャーマンアイリス 



この展開をサポートする人をファシリテーターと呼びます。
起きることに任せ、さしてコントロールや分析をしないのが特徴です。

この体験型心理療法、その存在を最初に知ったのは、
40歳代初期、アーノルド・ミンデルのプロセス指向心理学でした。
その後数年、その弟子のマックス・シュバック博士のセミナー
その他、しばらく参加しました。

整体をやりながら、どのように心に関われば良いのか
どのように体とその持ち主の間に立てばいいのか
悩んでいた私には垂涎ものでした。

そして、10年、いやもっとかな独学をしながら
整体と体験型心理療法で自然性が重なることや
整合性を臨床を通して何度も確認してきました。

気づきのエクササイズゲシュタルト療法の基本エクササイズです。
のぶはゲシュタルト療法、GNJ(特定非営利活動法人 NPOゲシュタルトネットワークジャパン)の
アドバンスコースを2015年秋に修了しました。

こころ温かく、優しい友達ができたのは唯一の喜びでした。
また、そこから自分を眺めると、気づいたつもりでいながら
自分と回りの人の気持ち、身こころに気づけていない小さな自分が見えます。
整体、プロセス指向心理学、ゲシュタルト療法、どれも私の人生の宝です。

さて、心がほどけていくと、その中から本来のワタシが姿をみせ始めます。

今ここを信頼し、起きることを受け入れていくと、
自湧運動法で体自体が本来のカラダを取り戻そうとするのと同じで、
上丹田がゆるめばカラダが充実してアナタの本来が息を吹きかえす

そのような心身の自然が存在する、私はそのように信じています。

三丹田の図 





元気いっぱい…菜の花 
水の流れという生命の流れ
川沿いという不動性
四季の花々など表現される勢い
どれもアナタであり、ワタシであり…

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