記事一覧

自分で自分が自分に安心してるみたいな感じを…

11月14日の夕方、活元運動をやった。
いつもやっていることなのだけれども何かこの日はいつもと違っていた。

座ったまま15分ぐらい体を動かした。
その後、自然に止まったまま、背骨にゆっくりと息を通した。
すると、どこがどうと説明するのは難しいが、座っていること自体が、
自分の体のそのままが大変心地よいという感じが訪れてきた。

今度は首の真ん中あたりから上を、具体的には頸椎3番と4番の間を
引き離すような力の使い方を体がやり始めた。
そのままそれをやり続けさせた。

頸椎3番は鼻、4番は耳の関係。
私はもともと鼻の病気もやったし、耳の病気もやった。
なのでここが大変詰まっている。
いつもならここをねじるような動きが出て勝手に整えるのだが
今日はいつもと全く違う体の使い方をやってくれている。

結局やりたいだけやって終わり、大変首が軽快になった。
そのおかげで、連動的に腰が整ったのか大変坐り心地が良い。
さっきにも増して正座している事自体に深い快感を味わっている。
今こうしてここにいること自体が心地よい。

とまぁここまでは時々味わっていることなのだけれども、
今日はここからがまた一味違っていた。

ゲシュタルト療法で体と意識をつなぐ作業をやってきたからだろうか?
思考領域とは別のところから言葉が湧いてきた。

「この体とは長い付き合いだ。
色々な人の体と比べるとさして立派とか、すごく強いとか言えるような体ではない。
すごいパワーを持っているとか、強靭であるとかではない。
けれども、私はこの体が好きだ。」

体全体が静寂を帯びているおかげで心がとても平静なためか、
さして大きな感動はないのだけれども、
自分で自分の体が好きだと言葉にしたのは全く初めてのこと。驚いた。

すると、体の芯から、ほっと弛んだ感じがして、全身に気が通った。
すべてを通して30分余りの事だったと思うがなんともありがたい体験だった。
自分で自分が自分に安心してるみたいな感じを味わうことができた。

この後で、以前から気になっている件についてワークをやった。
子供の頃から多くの人に私は優しいとか、親切であるとか、人畜無害であるとか、言われてきた。
つい最近も「謙虚だ」と言われてなんだか違和感が残っていたのだった。

体が敏感になっているせいだろうか、
微細で適確な体の反応のおかげでワークは10分ぐらいで終わった。
しかも、優しさ、親切、謙虚とは真逆なエネルギーが表出すると同時に
まったくこの異質な2つのエネルギーが1つのものであることがよくわかった。

体の動きとしても1つだった。
自分の野生とか闘争性について誤解していたこともよくわかった。
投影ということについてもさらに理解を深めることができた。

おまけにワークに整体を融合させるちょっとしたアイデアが浮かんだ。
このワークについてもそのうち記事に載せよう。
関連記事
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

非公開コメント